先日、ある学生が私の研究室を訪ねてきました。この3月で大学を卒業する彼は、大学4年生までずっと野球を続けていました。おそらく10年以上の競技生活でしょう。そんな彼が、部活引退後筋力トレーニングに目覚め、食事のアドバイスを受けに来ました(野球をしていた頃には1回も来なかったのに……)。自分なりにトレーニングや食事方法を工夫している様子や筋肉が大きくなっている成果を話す彼の表情はとても生き生きしていました。私の話もとても熱心に聞き、帰り際に言った彼の言葉がとても印象に残っています。「野球は裏切るけど筋肉は裏切らない」。
それが、彼がトレーニングにはまった原因のようです。努力の結果が目に見えること。大学生まで野球を続けた彼にとっては、おそらく野球では努力の結果が見えづらくなっていたのでしょう。では筋肉は本当に裏切らないのでしょう?厳密には、どんなに食事やトレーニングで努力をしても増やせる筋肉の量には限界があります。といっても、ボディビルダーのような体も同じ人間の体、努力すればあのようになれるわけです。「筋肉を増やす」という意味では努力はある程度報われると言えます。ですが、例えば競技スポーツでは「筋肉があればいい」というわけではありません。「何を求めるか」で筋肉への期待度も変わるわけですね。野球に裏切られたという彼の言葉に少し切なさを感じながらも、今は生き生きしている彼と彼の筋肉を応援したいと思います。
最後に、介護予防の分野では貯金ならぬ「貯筋」という言葉もあります。筋肉は裏切らないと信じて、トレーニングや食事改善を始めてみるのもいいですね。
武田 哲子(たけだ さとこ)
びわこ成蹊スポーツ大学准教授 / 管理栄養士
競技力向上のための栄養に関する研究をはじめ、自立した食生活を実践するための指導など、運動と栄養を切り口にしたスポーツ選手の育成、サポートを行う。日本セーリング連盟管理栄養士。